わたしは気がつくと人のことばかり考えて、人がやることばかり考えて、その人をコントロールしようとして、気がつくとヘトヘトになってます。どうしてかな?
PN コアラのまあち
RE: 自分を見失っているならば
はじめまして。メールありがとう。
コアラのまあちさんは、「共依存」という言葉を聞いたことがありますか?
それは、他人のことで自分のエネルギーを消耗させ、自分を見失う生きにくさを表す言葉です。
元々はアルコール依存症の回復現場で、アルコール依存症者が年がら年中、アルコールのことでアタマをいっぱいにするように、他人の問題でアタマをいっぱいにして自分を見失う人がいて、それがアルコール依存症者の周りにいる家族(パートナー、子ども、親、兄弟)に見うけられたことから、「共アルコール症」と呼ばれました。
何かでアタマをいっぱいにして、わかっちゃいるけどやめられない…「とらわれ」というのは、こころの痛みにフタをする絆創膏のようなものです。
だけど、次第に、自身の問題は棚上げ、先延ばしとなり、一生懸命に人のことを考えながら、相手の問題まで支えてしまうことになり、こじれたり、長期化したり。
うわー、ややこし。
そ、だから、シンプルに考えよう。
相手を変えることはできない!
そんな時、自分に尋ねてみよう。
本当は、私はどうしたいの?
いきなり問うと、へぇっ?!ってなるかもしれない。
すぐにわからなくても、自問したい。
からだをやさしく手あてしながら、寂しさ、悲しさ、怒り、不安、恐れ・・・感情を感じたい。
思い通りにならない相手を恨むより、「したくない」「できない」を認めたい。
共依存はアルコール依存症の回復現場から生まれた言葉だけど、アルコール問題に限らない、子ども時代のこころの傷の後遺症を癒し、自他境界線の曖昧な関係に傷つく「私」を救い出すキーワードです。


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